女囚スパイラル 8 祖母富士子の告白① 串刺しの刑

前回はこちらへ 私は女囚です。いつまでも処刑されない、恥ずかしい女囚なのです。 陰毛が生える頃まで、そんなことが続き、お竹は年を取って田舎へ帰り、別の女中たちは私のことを聞き及んで気味悪く思っていましたし、家の者だけではなく、村中で「富士子はどうしようもない悪い子」として定着してしまっておりました。 ですから地元の学校に行かせると、兄弟たちに悪い影響が及ぶだろうと父が考え、遠く離れた子供のいない親戚の家に養子に出されたのでした。 学校を上がる頃には、父母の元を離れて、絶縁状態になったのです。 私を支配していたのは、異常なまでの被虐的快楽への願望でした。その欲望の囚人だったのでございます。 ろくに学校も出ずにそのまま野垂れ死にしてもおかしくないのに、新しい父母は私の中に文学的なセンスがあると思ったらしく、私の部屋を用意してくれて、本棚にたくさんの本を並べてくれました。そこそこの学校に入れてもらい、まじめそうな女として大手の通運会社に就職しました。 お茶くみや伝票整理、書類を整える仕事で、職場は女性中心。それでいて、通運会社の現場は荒々しい男たちの世界でした。 戦前の物資の統制が厳しくなっていく中ですが、戦時統合によっていくつかの企業が合わさって主に軍事物資の輸送のためにさまざまな業務がありました。通運の主な仕事は、鉄道貨物で、鉄道に載せるための貨物を集めて貨車に仕立てたり、着先では貨物を下ろし、必要とする人に引き渡したりするのですが、その要のところでは伝票などいろいろな書類が発生しました。その管理をし、間違いなく請求したり代金を回収したり……。 ですが、勤め始めてすぐに戦況が悪化しました。 養父母の元に戻って終戦を迎えました。養母は肺を患って終戦の年に亡くなりました。養父もガックリしてしまい、私が励ましても気分はすぐれず、恐ろしいことに毒を飲んで亡くなってしまったのです。あの頃、終戦のショックで亡くなる人もいたようで、近所の方々に同情されたものの、物資もなく、先の見えない時代でもあり、立て続けに2件の葬儀を地味に出しただけで忘れ去られていくのでした。 私の罪は深いのです。養父母になんのお礼もできないままに、死別するなんて……。 なにもするあてのなかったところに、通運会社の人からハガキが来て、来てほしいと請われ、再び働きはじめました。 以前勤めていた社屋は空襲できれいになくなっていましたが、鉄道は戦時中でも動いていて、終戦の玉音放送も聞くことなく列車を走らせていた人たちがいたと知りました。 そこに進駐軍がやってきて、ついこの間まで鉄道網を破壊しようと爆弾や機銃掃射をしていたのが、どんどん線路を直し、部品不足の車両を直すために技術や部品を提供しはじめたのです。 そこで別の建物に以前ような事務所を仮設して、私たちも働くことになりました。ただ、以前は立派な寮があったのに、それもなく、バラックのようなところで寝泊まりすることになりました。 トラックの運転手や荷役の荒々しい男たちのすぐ近くで仕事し、生活するようになったのです。 私はしばらく鳴りを潜めていた欲望にたちまち囚われていました。 休日、周囲の子たちはおいしいものを食べに行こうと遠くまで行ったり、裁縫を習ったり、音楽を楽しんだり、映画を見に行っていましたが、私は人のほとんどいなくなった宿舎で、再びいやらしい行為をはじめていました。 木に縛られて折檻されていた頃に比べれば、背も大きくなり、乳房も、お尻もずっといやらしくなっていました。 それだけに全裸になるのは、とても恥ずかしいことでした。 あえて全裸になり、誰かが帰ってくるまでに何度快楽に溺れることができるかと、食事も採らずに熱中していました。 ある日、窓からじっと覗き込んでいる目に気づきました。暑かったので少し開けていたのです。 汗といやらしい性液でべとべとの私。この頃、すでにレインコートは必需品で、裸になってそれにくるまってするのが大好きでした。「変ったことをしているね」 若い男でした。荷役で雇われているたくましい青年です。頬に深い傷があって、戦場から帰ってきたことが明らかでした。 ガラッと窓を開け放ち、彼は窓を乗り越えて部屋に入ってきました。 私は声も出せません。「おれたちが、戦場で大変な目に遭っていたときも、おまえはそんなことをしていたんだね」 優しい声なのですが、厳しい言葉でした。「いえ、戦争中は……」「どれ。見せてごらん」 レインコートをはだけて、全裸の私をゆっくりと眺めるのです。彼は裸足でした。ゲタかサンダルだったのでしょう。窓の外にそれが残っているはずです。そんなことを思うと、ちょっと笑みが浮かんでしまいました。「なにがおかしい」「ごめんなさい」「そうだ。おまえは謝るべきだ。こんなことをする悪い子だ」 ああ、そうなのです。このとき私は運命だと思いました。この男と出会ったのは間違いなく運命です。 そのまま、彼に犯されました。「はじめてじゃないな?」「いえ、はじめてです」 事が終わって、精臭に満ちた部屋の空気を入れかえて、私は下着を身につけました。「処女ではなかった」「ごめんなさい。それは昔、自分で傷つけてしまいました」「ん? 自分でやった?」 なぜか、この人にならと、私は冒頭に書いたような子ども時代の淫らな話をし、そしてある日、つい1年ほど前ですが、実家に戻されていたときにやった恥ずかしいことを彼に打ち明けていました。「養父まで亡くなってしまい、なにもすることがなくて、退屈だったので、散歩に出かけたときに、誰もいない薄暗い森に入ったときのことです」 珍しく激しい衝動に突き動かされて、服をどんどん脱いでいったのです。 森の中で全裸になっていました。 そして太い木に抱きつき、あそこを擦りつけてよがりました。「罪深い富士子をどうか罰してください」 縄もなく、自分ひとりではなにもできませんので、この体を縛り付けることもできずに悶々としておりました。 すると、木の幹の下の方に短い枝が突き出ているのに気づきました。台風にでもやられたのでしょう。折れてしまったのです。それも最近のものではなく、かなり前のものでしょう。先端の鋭さはなくなっていて、撫で回すとちょうどよさそうな大きさに見えたのです。 私は女囚。ここで串刺しの刑に処せられるのです。「ああ、それだけは……」 自分で成りきり、慈悲を請いながら、腰を押しつけて、じわじわとその先端を私の中へ入れていきました。 最初はとても入らないので、ちょっと突くだけにしようと思ったのですが、徐々に深く入っていき、それにあまり痛くもないのです。まるで、発情した牝の体が自然にそれを受け入れていくために花開いていくようでした。 お許しください……。そうつぶやいて、腰を落としたとき、激痛が走りました。 やってしまった。枝が肉を突き刺して大変なケガを負ってしまった、と思ったのです。急いで引き抜くと、血で濡れていました。 指先で確認したら、傷ではないようですが、痛みはありました。 怖くなって急いで帰り、風呂でよく洗ったのですが、誰にも言えるはずもなく、軟膏をつけただけで数日すると、それきり出血もなければ痛くもないのでした。「一度だけなのか?」「いえ。それから3度、その森に行きました」 3度目には本当に女になったのだと自覚しました。どの世界に自ら木の枝で女になる変態がいるでしょうか。「おれの女になれ。おまえの異常な願望を叶えてやる」 結婚を考えたわけではありませんでしたが、寮を出て彼の元に行くことにしました。彼は荷役をしながらプロの運転手になろうとしていました。トラックの運転手になるのが彼の夢でした。 彼に連れていかれたのは、奇妙な家でした。「ここを借りようと思っている。おまえのことを知って、ここを思いついたんだ」 元は酒屋だったのです。広い三和土があり、その一角に階段が地下へのびています。「上は四畳半と六畳、お勝手がある。2階にも六畳と物干しがある。だが、そこはぜんぶおれの部屋だ。おまえにはこの地下室がある」「はい」 ゾクゾクします。一緒に地下へおりると、そこはちょっと湿気のあるヒンヤリとした空間でした。かつてはここに棚があって、倉庫として使っていたらしいのです。 こうして、私は最愛のご主人様と巡り会ったのです。★『安里咲1』★DMM.R18版はこちらへDLSite版はこちらへKindle版はこちらへ亜由美の拷問実験を目撃させられた美しき女子大生・安里咲。後継者として目をつけられ、女子寮のペットに。寮長たちによる過酷な調教が彼女を被虐の快楽に引きずり込みます。★『安里咲2』★DMM.R18版はこちらへDLSite版はこちらへKindle版はこちらへ完結編。休む間もなく徹底した調教の果てに辿りついたものとは……。恥辱にまみれた公開調教から東欧の古城で繰り広げられる拷問ショーへ。今日のSMシーン志摩紫光素人SM調教レッスン総集編240分
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